人を裁く――裁判員制度と光市母子殺害事件
裁判員制度 一市民が死刑判決を下す日 光市母子殺害事件に学ぶ
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配水管検査=「ママゴト遊び」の意味
 差し戻し弁護団が、「ママゴト遊び」と呼んだこの配水管検査は、その弁護団の言葉遣いゆえに大いに誤解を招いたそうです。実際は、弁護団は事件そのものを「ママゴト遊び」と呼んだわけではなく配水管検査のことを指していたのですが、報道によってそのように歪曲されて伝わってしまいました。しかし、報道の問題を割り引いても、「ママゴト」という言葉は事件そのものを矮小化するような印象を与え、あまり適切な言葉とはいえなかったでしょう。
 それよりも、被告人の背景をほとんど知らされていない一般の目から見れば、なんでそんな配水管検査をしたのかという疑問はどうしても生じてしまうでしょうし、それゆえ強姦目的だったとの検察側主張を聞けば、そうなのかと納得してしまう性質のものでしょう。

 もし、被告人や弁護側のいうことが真実だとすると、おそらく、そのとき被告人はふと寂しさを感じ、その場の思いつきで配水管検査の戸別訪問を行なったもので、被告人自身が言うように、時間つぶしに慣れ親しんだゲームをやっている感覚だったのかもしれません。そういうふとした思いというのは、誰もが感じるものです。
 もちろん、こういった軽い「ノリ」だったとの解釈に違和感が生じるのは、その後に被告人がなしてしまった行為の重大性との齟齬があまりにも大きいことからくるものだと思います。
 しかし、それだからこそ、弁護側はこれは大人の分別をわきまえられない「少年事件」なんだと主張しているのではないでしょうか。

 今枝弁護士は、この戸別訪問をその当時の被告人の潜在的な心理にまで掘り下げて説明しようとしています。 

 配水管検査の作業員として、F君が戸別訪問で検査をしたい旨を伝え、水を流すことでそれに応えてもらう。そういう単純な行為の繰り返しで、自分が今ここにいること、寂しいんだということをアピールし、水を流してもらったときはそんな思いが伝わったものと考えることで、寂しさを紛らわせたかったのだろうか。あるいは、実母の死によって喪失した、何かを成し遂げたときに褒められる幸福感、この頃はゲームの世界でしか感じられなくなっていた達成感に浸っていたのかもしれない。また、義母に甘えたいと思い、ある程度は甘えさせてもらえたが、まだ満たされていないのに急き立てられるようにして自宅を後にしたことへの、不十分な満足を補う行為と見るのが自然かもしれない。

 弁護側精神鑑定人は、義母への甘えの補償行為である点を指摘しながらも、さらに、「18歳という身体的成熟からすると、『人恋しい』という依存感情の中に、性的願望が含み込まれていた可能性は否定できない」としている。そして、少年記録でも、時間潰しと、社会から取り残された孤立感、孤独感や焦燥感等により戸別訪問が行われた旨の評価がなされている。このようにして、遂にF君は、事件現場となる本村洋さんと妻の弥生さん、娘の夕夏ちゃんが住む部屋を訪れることとなる。
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