「嘘に嘘を重ね、綻びを繕うために、さらに嘘を重ねる。そんな醜態を私は延々と法廷で見せられた」
と、本村さんは言います。妻と娘の最期の表情や言葉を思い出し、己の犯した罪の大きさを悟る努力をすべきと、かつて被告人に語りかけた本村さんも、被告人には反省のしようがないことを悟り、絶望したと記しています。
「母体回帰とやらの呆れ果てた主張についても、私はF自身の考えとは思わない。おそらく弁護団によるストーリーなのだろう。しかし、そのストーリーに乗って、事件後一貫して維持しつづけてきた”事実”を捨て去ったのは、F自身だ。Fに対する私の淡い期待は完全に裏切られたのだ。」
9月20日の第10回公判で、検察は被告人を、「遺族の意見陳述の証言をメモしていたというのは嘘だ」と責めます。それに対し被告人は、
「検察官には、舐めないでいただきたい」
と発言したといいます。それについて、
「その態度、そのふてぶてしさ、それは反省を装っていたFの「真実」の姿が現れた瞬間だった」
と、本村さんは記しています。それに先立つ7月の公判では、本村さんは、被告人が退廷する際、偶然に目が合い、自分と隣にいる義母ら遺族を被告人は6、7秒にわたって睨みつけたと言います。
「反省や悔悟の念とは無縁なFの姿を、私たち遺族は目の当たりにした。Fは廊下に出ても、まだガラス越しに私たち遺族を睨みつけていた。
あの目を忘れることはできない。
Fは、今も『自分を裁ける者はこの世の中にいない』『検察官には、舐めないでいただきたい』という気持ちで本当にいるのだろう。内省を深めているとは言い難い、という最高裁判断はまさにFの真実を突いていたのだ。」
2008年4月22日、差し戻し控訴審判決の日のことを本村さんは次のように記しています。
「私は、Fを一切見ない。目を合わせたくないからだ。
私は、Fが、真実を述べることをやめ、弁護団の愚かな主張に『乗った』時から、彼を見るのをやめた。
見ても仕方がない。命が助かりたいがために、この世で事件の真実を知る、たった一人の人間であるFが、その真実を葬り去った時、人間であることの証明ともなる『人としての心』を、彼が法廷で捨て去った時、私は彼を見るのをやめた。」
差し戻し審は、第1審判決を破棄し、被告人に死刑を言い渡して終わります。


